氷上奮闘記をご覧の皆様、こんにちは。観光学部観光学科4年、岡田太一です。梅花の候、皆様におかれましては新年度の始まりに備え、忙しい日々を過ごされていると存じます。今年度もアイスホッケー部へのご支援、ご声援を賜りまして、誠にありがとうございました。
思えば約3年と半年前、2022年の10月より、氷上に上がれない日々が続き、とうとうそのまま引退と相成ってしまいました。膝の怪我を庇う生活も日常のものとなり、軽運動程度なら問題なくこなせるようになるまで、長い時間がかかりました。背番号15番が氷上にいる姿を覚えている方は、もはや絶滅危惧種の山椒魚より少ないかもしれません。皆と一緒に汗をかけないにも関わらず、背番号15番を占有し続けてしまったこと、申し訳なく思いつつ、それを許してくれたチームの恩情にありがたいという気持ちでいっぱいです。
この氷上奮闘記は、1年間に2回、つまり4年間の大学生活で8回自分のターンが回ってきます。しかし、アーカイブを見直してみたところ、実際に選手として氷上で活躍していた時期に書いたものは初めの1回きりでした。その1回目の奮闘記では「私のアイスホッケー歴はそのまま敗北の歴史」と書いています。当時の私の言葉を借りるなら、私の最後の黒星は自身の身体に刻みつけられ、今もなお輝いているようです。
それ以降の「氷上にあらず奮闘記」を読み返すと、大した怪我ではないと楽観的に考えていた時期や、手術前後の思うようにならない現実への焦燥、そしてどこか諦念にも似た感情を咀嚼しようとしていた時期があったことに気づきます。さらに、主務を務める中で新たな役割やタスクを任され、自分なりの立場でどのようにチームへ貢献できるかを模索していた自分もいました。
同じようにリンクサイドに留まり、氷上で活躍する先輩や同期、後輩を眺める日々であっても、その時間の中で、自分の考えや向き合い方は確実に変化し続けていたのだと感じます。これらも私にとって、全て大切な思い出です。
勿論このように私がチームに居続けられたのは、私に役割を与え、チームに居場所を作ってくださった監督•コーチ陣と先輩方、私をープレイヤーとして扱おうとしてくれた同期、遠慮なく交流してくれた後輩たちがいたからに違いありません。ありがとうございました。そして、この生活のおかげで、チームを支える側の方々と関わることが増え、活躍する 人を支えることのやりがいを学ぶことが出来ました。また、日々チームを支え続けてくださる監督•コーチ陣やOB•OGの方々、応援してくださる方々の大切さを深く理解することができました。ありがとうございました。
大学生活のうち氷上にいられたのは8分の1だったとしても、氷に乗れなかった時期も含め、8分の8すべてが私を成長させる糧になったはずです。
今後の人生もこの4年間で得た全てのものを糧に、困難を前にしても挫けず、自分にできることを探し生きていこうと思います。
4年間、ありがとうございました。